ジャック・タチという映画監督をご存知でしょうか。
1950年代頃にフランス映画界で活躍した監督なのですが、現在でも独特のユーモアセンスとモダンでオシャレな絵作りで一部に熱狂的なファンから支持されている監督です。
タチの作品の中でも特に評価が高い「ぼくの伯父さん」「プレイタイム」の魅力をご紹介します。
ぼくの伯父さん
「ぼくの伯父さん」は1958年に発表されたタチの長編第三作目に当たる作品です。
パリの古いアパートに住むユロ氏こと<僕の伯父さん>が妹夫婦が住む、全自動化されたモダンな住宅やプラスチック工場で繰り広げらるコメディ映画で、第31回アカデミー賞外国語映画賞にも輝いた作品でもあります。
この作品の特徴はモダンな住宅セットを舞台に、視覚的にも色彩や構図がとても「オシャレ」でありながら、タチ流の笑いが散りばめられる点でしょう。
今こうしてみると、見る人によっては何が面白いのか分からないといった意見もあると思います。
しかし、筆者的には主人公の<ぼくの伯父さん>のキャラクターが「こういうオッサン親戚にいたな」といった親近感に似た感覚をもちましたし、おそらくお金もあまり持っておらず古いアパートに住んでいるこの<伯父さん>の社会に適合できない奔放さと、妹夫婦の息子から好かれている様子は、なんとも言えない哀愁とおかしさがあり、作品全体から優しさに似た温かみを感じることが出来ました。
タチの笑いは笑いどころが分かりずらいという意見もあると思いますが、タチ自身も「ここが笑いどころ」といった撮り方をあまりしません。
<僕の伯父さん>では全体を俯瞰で撮り、滑稽な様子を「状況」としてワンカットで表現しているシーンがありますが、ずっと見ているとその滑稽な状況に笑ってしまいます。
しつこく同じこと続けて笑いをとる手法は現代でも多くみられますが、筆者は60年も前にこの手法でシュールな笑いを生み出していることに感銘を受けました。
ローワン・アトキンソンの「Mr.ビーン」はこの作品のキャラクター造形に大きな影響を受けています。
(あまり喋らず、スっとぼけた<ユロ氏>のキャラクターをみると影響されているのが非常に分かります)
また、視覚的な面から見てもまるで60年前に作られた作品とは思えないようなセンスがあり、タチのモダニストとしての真髄が鑑賞できます。
当時としては洗練された家電や家具などのセットは今見てもとてもオシャレでこだわりがあり、そのセットの中でユーモアを生み出していることに、映画作品としての意味があると思います。
プレイタイム
「僕の伯父さん」で名声と富を得たタチは大作「プレイタイム」を製作します。この作品はタチが私財を注ぎ込み、10年がかりで作った作品であり、制作費をかけすぎ興行も失敗したためタチを破産に追い込みます。
この作品の見どころは何といっても壮大なセットの中で繰り広げられる視覚的情報量の多さと、細かいギャグの応酬でしょう。
また音や構図、人物の動きに至るまで徹底的にタチの完璧主義的な姿勢を観ることができます。
パリ郊外のパリセンヌという町に「タチビル」と呼ばれる2500平方メートルの街のセットを丸々作って撮影しているので、こだわり抜いている建築デザインに至っては圧巻です。
筆者はパリの街の色彩をグレーに統一してスタイリッシュに見せる画作りに脱帽しました。
また、大勢の演者の動きなども徹底的にタチの演技指導が入り、計算されている点も見どころです。
空港のシーンから、ナイトクラブ、ラストシーンのパレードのシーンに至るまで、幸福で優しい時間を提供してくれる作品です。
見るごとに新しい発見や、インスピレーションを与えてくれるような映像作品だと思います。
タチ自身も「私の遺作である」というように、「プレイタイム」は映画史上に残る傑作といえるでしょう。
タチは「プレイタイム」を発表した後、長編作「トラフィック」やテレビ映画「パラード」を発表した後
肺炎で75歳で亡くなりました。
ジャック・タチの作品は現在でも様々なクリエイターにインスピレーションを与えているので興味がある方は鑑賞してみてはいかがでしょうか。