ルネ・マグリットが影響を与えた現代の広告表現やグラフィックデザイン

magrittei

シュルレアリストの代表的な作家のひとりにルネ・マグリットという作家がいます。
現実的にはありえない情景を描いたり、「デぺイズマン」と言われる手法で、モ
チーフを本来あるはずがない環境や場所に配置し、絵画領域において超現実的な独特のイメージを作り出し続けました。
その作品群は哲学的要素をも含ませ、ミシェル・フーコーなどの知識人からも支持されました。

「大家族」(1963年)
「大家族」(1963年)

マグリットの作品はその後に勃興するポップアートムーブメントに大きな影響を与え、現在の広告表現やグラフィックアートにも影響を与えているとも言えます。

後世のポップカルチャーへの影響力でいえばサルバドール・ダリと比肩し、夢に出てきそうなインパクトが強いイメージを量産しているので一度は見たことがある方も多いでしょう。

ちなみにマグリットはベルギーの作家ですが、ベルギーにはヒエロニムス・ボスやジェームズ・アンソール、ヤン・ファーブルなど奇天烈な作品を生み出す作家が多いので調べてみると面白いかと思います。

マグリットの作品の特徴

マグリットは元々広告デザイナーとして活動していましたが、初期の作品はピカソなどが広めたキュビズムの影響を強く受けています。
その後「迷える騎手」を制作し、完全にキュビズムから脱却します。
シュルレアリスム運動が隆盛を極めた1924年から1929年の間に「恋人たち」などの作品を発表します。

「迷える騎手」(1926年)
「迷える騎手」(1926年)
「恋人たち」(1928年)
「恋人たち」(1928年)

ちなみに、マグリットの作品には「恋人たち」のように頭部を布で覆われた作品が多くありますが、これはマグリットが14歳の時に入水自殺した母親が、川から引き上げられたときにめくれた布が母親の顔を覆っていた光景にショックを受けたことが起因してるそうです。

マグリットはその後「イメージの裏切り」等を発表し、わたしたちが一度は見たことがある作品を量産していきます。

「イメージの裏切り」(1929年)
「イメージの裏切り」(1929年)

晩年期はより分かり易いシュルレアリスム作品を制作し、アメリカのポップアートに強い影響を与えます。

「自由の扉で」(1929年)
「自由の扉で」(1929年)
「共同発明」(1934年)
「共同発明」(1934年)
「占い」(1937年)
「占い」(1937年)
「凌辱」1959年
「凌辱」1959年
「ピレネーの城」(1959年)
「ピレネーの城」(1959年)
「光の帝国」(1954年)
「光の帝国」(1954年)
「ゴルコンダ」(1953年)
「ゴルコンダ」(1953年)

マグリット自身の人物像は夜10時には就寝し、妻を大切にするとても平凡でありふれた人物であったと言われています。
しかし、奇行などで目立ち、立ち振る舞いなどでも注目を集めていたサルバドール・ダリとは違い、自身が作るその作風からあえて「平凡な小市民」を意識して演じていたとも言われています。

現代のクリエイター達が影響を受けている

「デぺイズマン」の手法を多用したマグリットの作品は広告やデザインの分野においてもインパクト大の絵作りが可能なため、現代のクリエイター達にも影響を与えています。

アルバムジャケットでは、英国のデザイングループ「ヒプノシス」の作る世界は
大いにマグリットの影響を感じさせますし、日本のミュージシャンのジャケットデザインにもマグリットのパロディや影響を強く感じさせるものは多いです。

THE MARS VOLTA「Frances the Mute」
ヒプノシスのデザインはマグリットの影響を強く感じさせる
佐野元春「ダメージ」のジャケットデザインはマグリットのオマージュ
佐野元春「ダメージ」のジャケットデザインはマグリットのオマージュ
Mr.チルドレンの「優しい歌」もマグリットのオマージュ
Mr.チルドレンの「優しい歌」もマグリットのオマージュ
ビートルズのアップルレコードのロゴはマグリットの作品から着想を得た
ビートルズのアップルレコードのロゴはマグリットの作品から着想を得た

日本では表現規制の関係上、あまり見られないかもしれませんが、
シュルレアリスムの影響が見られる海外の広告表現はマグリットの表現手法から影響をうけている、とも言えるかもしれません。

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