【アンディ・ウォーホル】ポップアートとは一体何だったのか

アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインなどの作家の作品を見てポップアートに興味を持った方も多いと思います。この記事ではポップアートは一体何なのかを考えていきたいと思います。

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ポップアートの起源は意外にもアメリカではなく、イギリスにありました。
1950年代、戦後イギリスでは美術家であるエドゥアルド・パオロッツィが米軍によって持ち込まれたアメリカの雑誌を切り抜いてコラージュ作品を作っていて、ここにポップアートの原型のような作品が作られます。
1952年頃よりパオロッツィや評論家などが芸術と大衆文化のかかわりの研究を続けていました。
戦後の豊かなアメリカの社会の大衆文化を冷ややかな目で観察するという側面もありましたが、どちらかというとこれらの大衆文化を素材として活用していこう発想もありました。

同年の1952年、このような研究の成果を元にロンドンで「これが明日だ」展が開催されます。
ここでリチャード・ハミルトンの作品「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」が今後のポップアートの先駆的な作品として評価を集めます。

リチャード・ハミルトン「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」
リチャード・ハミルトン「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」

イギリスがアメリカの大衆文化を客観的に見て生まれたのがポップアートでしたが、流行したのはアメリカでした。
イギリスは当時のアメリカの文化をクールでカッコいい大衆文化として見ていましたが、アメリカ人にとってはどこにでも目にする日用品などをアートに使う事はカッコ悪いことでした。
というのも当時のアメリカのアートシーンではジャクソン・ポロックなどの抽象表現主義が全盛でした。
抽象表現主義は壮大で崇高な絵画表現を目指していたので、消費文化をアートに持ってくることなどはありえなかったのです。

ジャクソン・ポロック「ナンバー5」
ジャクソン・ポロック「ナンバー5」

しかし1950年代末より、ロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズらが既製品のがらくたなどから作品を作るようになり、抽象表現主義者をはじめとする多くのモダニストに反発するような行動を始めました。

1960年代にはアンディ・ウォーホルとロイ・リキテンスタインがポップアートの代表格として台頭します。
リキテンスタインはマンガのコミックスを拡大模写することでアートして発表しました。
マンガは大量印刷された消費文化ではありますが、単純にマンガで描かれている力強い線などには、それまでのアートの価値観を破壊するパワーがありました。

ロイ・リキテンシュタイン「ヘアリボンの少女」(1965年)
ロイ・リキテンシュタイン「ヘアリボンの少女」(1965年)

ウォーホルはキャンベル・スープの缶やマリリンモンロー、マイケルジャクソンなど大衆が誰でも知るアイコンをモチーフに強烈なインパクトを残す作品を次々に生み出しました。

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ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルの功績

ポップアートは大衆が誰でもしっているイメージやモチーフを使うため、万人にもわかりやすいインパクトがあります。
そして従来使用されるハズがないモチーフをアートとして使用しているため逆説的なメッセージをはらんでいるとも言えます。
例えばアンディ・ウォーホルの作品にはマリリン・モンローやマイケル・ジャクソンなど、だれでも知っているような軽薄ともいえるポップアイコンを、ファクトリー(工場)と名付けたアトリエでシルクスクリーンで「大量生産」したり、アメリカのスーパーで売られているキャンベル・スープの缶の連続パターンを作品として発表しています。

アンディ・ウォーホル「キャンベルのスープ缶」1962年
アンディ・ウォーホル「キャンベルのスープ缶」1962年

明快で強力なビジュアルを構築している一方で、このようなモチーフを選ぶことは資本主義における大量消費や物質主義に対する冷ややかな目線を感じることが出来ます。また、ウォーホルは「電気椅子」や「死亡事故」などのモチーフも好んでいます。

(左)アンディウォーホル「緑色の惨事10回」(1963年) (右)「電気椅子」(1963年)
(左)アンディ・ウォーホル「電気椅子」(1963年) (右)「緑色の惨事10回」(1963年)
アンディー・ウォーホル「拳銃」
アンディー・ウォーホル「拳銃」

このような作品にはいくら物質的に豊かなになっても、その延長線上に「死」に対する恐怖感や物質主義に対する虚無感を連想させます。
ウォーホルは生前、「僕を知りたければ僕の表面だけを見てください。裏側には何もありません。」と発言したり、たびたび「僕は機械になりたい」と話していたり、「僕は完全に、うわべだけの人間だよ。」と発言していたようです。
このような言動から分かるようにウォーホルは徹底して、自分自身が資本主義に組み込まれた、消費されるパッケージのような存在になろうとしていたことが分かります。
また、「退屈なことが好きなんだ。」と発言したことから分かるように、アメリカの物質主義を冷めた目で見ていたかもしれません。

アンディ・ウォーホル「牛」
アンディ・ウォーホル「牛」
アンディ・ウォーホル「エルヴィス I・II」
アンディ・ウォーホル「エルヴィス I・II」
ローリング・ストーンズ「ラブユーライブ」ジャケットデザイン
ローリング・ストーンズ「ラブユーライブ」ジャケットデザイン

大衆は明快でポップな製品を好みます。ですがそこには資本主義におけるヒトの欲望が表れてもあるといえます。
アンディ・ウォーホルの作品を鑑賞するとき、ポップで可愛いであるとかカッコイイという感情を抱きますが、ウォーホルはそのような分かり易いモチーフを逆手にとって、軽薄なモチーフを新たに再構築してポップアートとして大ブームを巻き起こしました。
ブームが起こりアートに巨大なビジネスが発生したこと自体がポップアートの正体のようにも感じます。
ウォーホルが資本主義の陰と陽を感じれる作品群を残したことは、その後の「アートマーケット」にある種の考える余地を残したことはとても大きいと思います。

制作の拠点である「ファクトリー」
制作の拠点である「ファクトリー」

最後に私が特に印象に残ったウォーホルの言葉をご紹介します。

「僕の墓石には何も書かないでほしい。名前も、墓碑銘も。そうだな……何か書くとしても「全部ウソだった」くらいかな。」